頬を過ぎる風 [作者のおすすめ]
Kは中学2年生だが、この頃少し「いじめられっ子」になりかけている。
クラスでは一緒にお昼を食べる友達もいるし、仲間はずれにされて淋しい思いをしているという程ではない。けれど、体の大きなクラスメートに時々からかわれたり、目の前でペンケースに消しゴムのカスを入れられたりした。
幸い、誰かわからない人にイタズラされたり、陰でこそこそと悪口を言われたりはしていない。面と向かっていじめられているのだ。それは「誰に何をされるかわからない。」という恐怖感を抱かなくていいだけ気楽だった。
Kは学校から自転車で帰って行く。帰りはずっと下り坂で、登校時の苦労に比べなくてもそれは楽ちんなことだった。Kはこのさっさと帰れる下り坂が大好きだった。
この日、Kはいつものように、さっさ、と家に帰るつもりでいた。ところが、いつも通るこの道の途中で、なぜかお寺の前の掲示板が気になって自転車を止めた。
そこには「常不軽菩薩の話」と書かれた紙が一枚貼られていた。
その話は、Kにとって少し興味を引く話だった。
いつもより少しだけ遅く家に帰ったKはすぐに部屋にこもったが、母親は特に気にも止めなかった。
Kはネットで「常不軽菩薩」を調べていた。
「常不軽菩薩」じょうふぎょうぼさつ
「法華経」に説かれる菩薩。棒で叩かれたり、つつかれたり、石を投げられたり
しても、「そんなあなたにも仏の種が宿っているのです。」
と言い、全ての人に頭を下げ続けた。その行により、菩薩の位を得、「常不軽菩
薩」となった。
Kは、なんとなくだが、この話の意味が心にすーっと入ってくるのを感じていた。
次の日、Kは学校でからかわれた時に、「まいったなぁ。」という顔でにこやかに笑ってみせた。チョークを軽く投げつけられた時も、「痛てててて。」みたいな感じでにこにこしてみせた。クラスメートは特に反応はなかったが、怒るわけでもなく、しつこくいじめるでもなく、何もなかったかのように席に着いたりした。
Kの試みはずっと続けられた。
「常不軽菩薩」は菩薩になるまでいじめられたようだったが、Kはだんだんいじめられなくなっていった。
Kは、以前に比べて別人のようににこやかな顔になっていた。すると、いじめもどんどん減って行き、お昼を食べているKのグループにたわいもなく話しかけてきてくれるクラスメートも出てきた。
なんだか、Kのクラス全体がにこやかになってきた気がした。
定期テストが終わったある日、担任の先生が嬉しそうな顔で、「この前のテストは、みんなずいぶん成績が上がったぞ。」と言った。それを聞いたクラスのみんなもにこやかだった。成績が上がるとなぜかみんないじわるしなくなった。
Kは「みんなも何かに不安を感じたりしているだけなんだな。誰のこころにも「いい種」が宿っているんだ。」と思った。
「お釈迦様は2500年も前の人か。ずいぶんと昔の人にいいこと教えられたなぁ。」
お釈迦様に限らず、昔の人はずいぶんといい話を残してくれているんだな。いや、いい話だからずっと残っているんだな。
Kはひとり、わかったような顔をして坂を下って行った。
家に帰ると、母親が「チーズケーキ買ってきたよ。食べる ? 」とほほえんだ。
母親とありきたりな話をしながら、Kはますます笑顔になっていた。
じゃ、おやすみ。
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